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劉備、荊州全土掌握

三国志入門


十五章:赤壁の戦い 前編

呉の孫権は魯粛に託し、劉備の様子を伺うことを先決しました。

魯粛は劉備と対面し、曹操に勝てる見込みがあるのかそれを確認するための使者だったのですが、孔明はこれを天機として魯粛と呉へ向かうことになるのです。

孔明は孫権と会うや言いました。「曹操は大国にして強兵を吸収し、とても太刀打ちできる国は存在しません」すると孫権は、「では、何故劉備軍は降伏せぬか?」

すると孔明は「我が君は漢室のご一族、どんなことがあれ臣下に服すことはございません」

「ならば余は降伏しても良いと申すか!?」と孫権は怒りを顕にし去ってしまいます。魯粛は唖然として孔明に尋ねました。すると孔明は、「現状を素直に問われ答えたまで、しかし呉君はこの戦いに勝てるかどうか問われませんでした」

すると魯粛は再び孫権に孔明に会うよう薦めたのです。孔明は孫権の性格を瞬時に見抜き、わざと怒らせ曹操と対立することを決意させようと狙っていました。

孫権は迷いに迷い、かつての孫策の遺言である「外事は周瑜」を思い出し、周瑜を呼び寄せました。当初、周瑜も保守派であり、曹操は大変周瑜のことを気に入り官職まで与えていたのでした。

孔明は言いました。「曹操軍を撤退させる方法は一つだけあります。呉の二喬を差し出せば曹操は喜んで撤退するでしょう」

すると周瑜は激怒し、二喬の一人である小喬は自分の妻であることを孔明に話しました。孔明はすべて知っていた中で話し、ここでもまた周瑜を立ち上がらせたのでした。

こうして呉は曹操軍と対峙して、劉備孫権連合軍の戦いが始まったのです。

この戦いを制するには水軍であると周瑜は睨んでいましたが、曹操軍には荊州の水軍司令官・蔡瑁が邪魔でした。まず蔡瑁が裏切ると曹操陣営に噂を流して、蔡瑁を処刑させることに成功します。

しかし、水上一面を辺りにすると、曹操軍80万という大軍は恐ろしく、とても勝てる勝算はありません。三国志演義では、孔明と周瑜がこの戦いに勝つための計をお互いに掌に書き、見せ合う名場面が描かれております。

掌にはお互い「火」という文字を書き、二人の計は一致するのでした。

水上戦において「火」を使う・・・通常ではとても考えられません。曹操自身もこのような計で攻めてくることを予知することもなく、余裕綽々で構えていました。

さてどのようにして、周瑜、孔明は火計で曹操軍を破るのか・・・
十万本の矢、苦肉の策、連環の計、東南の風、火計・・・

いよいよ曹操軍80万vs連合軍10万の赤壁の戦い後編となります。