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曹操と劉備の英雄論

魏伝


夏侯称 叔権かこうしょう しゅくけん

姓名夏侯称
叔権
生没年生没年不詳
所属
能力 統率:  武力:  知力:  計略:  政治:  人望:
推定血液型不明
諡号---
伝評独自で武術を磨き、弓をとっては一流で将来を渇望された人物
主な関連人物 夏侯淵 夏侯栄 夏侯威 
関連年表 227年 関内侯となる

略歴

夏侯称、字を叔権という。父は夏侯淵で、兄は夏侯衡・夏侯覇、弟は夏侯栄・夏侯威・夏侯恵・夏侯和らがいる。

夏侯称は幼いころから子供たちを集め、その頭となっていつも戦ごっこをしていた。規律を破った者がいると、必ず厳しく鞭打ったが、誰も逆らおうとしなかった。

夏侯淵は心ひそかに見どころがあると思い、項羽伝や兵書を読ませようとした。しかし夏侯称はうんと言わず、「できる事があれば自分流にやるまでのこと、どうして他人に学べましょうか」といった。

16歳のとき、夏侯淵が狩りに連れていくと、虎が走って来るのをみた夏侯称は、馬を駆けってこれを追い、みごと一矢で射殺した。これが曹操に伝わり、曹操は夏侯称の手をとって「私はおまえを手にいれたぞ」と言って喜んだ。

曹丕とは布衣の交わりを結んだ。宴会の度に、彼の意気は一座の者を圧倒し、弁舌に長けた士も彼を言い負かすことができず、当時名声があった人たちの多くが彼と交際した。

227年、後に父の夏侯淵の功績によって兄弟たちとともに関内侯の爵位を与えられた。

その後、わずか十八歳で亡くなった。


評価

曹操は、子で聡明な曹沖と同じく夏侯称を夭折していた。