しょうちょう

向寵

生没年? – 240年 所属

公平で軍事に精通し、劉備・諸葛亮に認められた人物

能力値
統率 B
武力 D
知力 B
計略 C
政治 D
人望 B
関連年表
223年 都亭侯となる
227年 中領軍となる

略歴

向寵といい、襄陽郡宜城県の人である。向朗の甥で、弟は向充がいる。 劉備に仕え、牙門将軍となった。夷陵の敗北の際に、向寵の軍営だけはひとり無傷であった。 223年、都亭侯に封じられ、のちに中部督となり近衛兵を指揮した。 227年、諸葛亮に推挙され、中領軍に昇進した。 240年、漢嘉郡の蛮族を征伐した際、戦死した。享年不明。

評価

諸葛亮は北征にあたって、劉禅に上表して、「将軍向寵は、性格・行動が善良・公平であって、軍事に通暁しております。以前試みに任用されまして、先帝(劉備)は彼を有能だとおほめになりました。だからこそ多数の意見に従って、向寵を司令官に推挙したのです。私の考えでは、軍事の事柄はすべて彼に諮問なさったならば、必ず陣営内をむつまじくさせて、優劣それぞれしかるべき地位を得ることになりましょう」と述べた。

演義

小説『三国志演義』においても諸葛亮の信任する人物の一人として、出師の表に名があげられている。