ちんじゅ

陳寿

字承祚 生没年233年 – 297年 所属蜀

『三国志』を著した、蜀の生んだ大史家

能力値
統率 F
武力 F
知力 B
計略 E
政治 E
人望 D
関連年表
233年 巴西郡安漢県に生まれ、譙周に学ぶ
— 蜀に仕え、黄皓に阿らず退けられる
— 父の喪中の一件で郷党に咎められ沈滞する
— 張華に認められ佐著作郎となる
— 『諸葛亮集』を編んで奉り、著作郎に進む
— 『三国志』六十五巻を成す
— 母を洛陽に葬ったことを責められ官を去る
297年 没し、朝廷が人を遣わして家で書を写させる

略歴

陳寿、字を承祚といい、巴西郡安漢県の人である。233年に生まれた。郷里の碩儒・譙周に学び、若くして学識をうたわれた。 蜀に仕えて衛将軍の主簿・東観秘書郎・散騎黄門侍郎を歴任したが、宦官・黄皓の専横に阿ることをしなかったため、たびたび責めを受けて退けられた。さらに郷里の人々の評判を落とす一件があって、蜀が平定されたのちも数年のあいだ、世に出られないまま沈んでいた。 やがてその才を惜しんだ晋の重臣・張華に認められ、孝廉に挙げられて佐著作郎となり、陽平の令に出た。旧主の宰相の文書を集めた『諸葛亮集』二十四篇を編んで奉ると、著作郎に進み、本郡の中正を兼ね、のち治書侍御史となった。 そして後半生をかけて『三国志』を完成させた。魏書三十巻・蜀書十五巻・呉書二十巻、あわせて六十五巻。紀と伝のみを立て、表も志も置かない構えで、三国の興亡を簡潔な筆で描き出した。余計な潤色を排した的確な記述は高く評価され、正史の中の名著と仰がれた。今日われわれが三国時代を知りうるのは、この人の労に負うところが大きい。 ほかに『益部耆旧伝』『古国志』の著もある。晩年、母の葬地をめぐって責めを受け、またも官を失った。297年に世を去った。

逸話

陳寿の生涯は、二度、喪のふるまいをめぐる郷里の評判に沈められている。一度目は父の喪中、病に臥していた彼が婢に丸薬を作らせたところ、訪ねてきた客がそれを見て言い広め、郷党の非難を招いた。蜀が平定されたのちも、この一件のために数年のあいだ用いられなかった。二度目は晩年、母の遺言に従って洛陽に葬ったときである。蜀へ帰葬しなかったことを責められ、またも官を去った。史書に公正を貫いた人が、自身は礼の作法をめぐる風評に二度つまずいたのである。 『三国志』が成ると、時の人はその叙述のたしかさを称えた。同じころ『魏書』を書いていた夏侯湛は、陳寿の書を見るなり、自分の原稿を破り捨てて筆を折ったという。張華はこの書を深く善しとして、陳寿にこう言った——「まさに『晋書』は君に付そう」。当代一流の文人が、相手の書を見て自分の仕事をやめ、宰輔の位にある者が次の正史を託そうとした。評価のかたちとして、これ以上のものはない。 陳寿の筆が最も論じられるのは、諸葛亮伝の末尾である。彼は諸葛亮を「識治の良才、管仲・蕭何に次ぐ者」と讃えたうえで、こう結んだ——「しかし年々兵を動かしながら功を成しえなかった。思うに、変に応ずる将略は、その長ずるところではなかったのであろうか」。断定を避けた疑問形だが、後世はこの一句をめぐって争い続けた。『晋書』は、陳寿の父が馬謖の参軍で、その馬謖が諸葛亮に誅されたこと、諸葛亮の子・瞻が陳寿を軽んじたことを挙げ、私怨の筆だと伝えている。だが同じ陳寿が、旧主の宰相の文書を集めて『諸葛亮集』を編み、朝廷に奉ったのも事実である。 『晋書』はもう一つの悪評も載せる。魏の丁儀・丁廙に才があったので、陳寿がその子に「米千斛を見つけて寄せてくれれば、尊公のために佳(よ)い伝を作ろう」と言い、与えられなかったので伝を立てなかった、というのである。ただし丁儀・丁廙は曹丕に誅されて後嗣が絶えており、求める相手の「その子」がいない。後世の考証はこの話を疑っている。 陳寿が生きているあいだ、『三国志』は公に流布していなかった。没後、梁州大中正の范頵らが上表して、この書は勧戒に富み、得失を明らかにして風化に益があると説いた。朝廷は河南尹と洛陽令に命じ、人を遣わして陳寿の家でこれを写させた。国家が自分の手で書き取るまで、三国の記録は一人の遺族の家に置かれていたのである。 晋の臣としての立場と、旧主への情は、同じ一冊に同居している。魏の皇帝にだけ紀を立て、劉備と孫権には伝を立てた。しかし蜀書では劉備父子を名で呼ばず「先主」「後主」と書き、その死を、魏の帝に用いる「崩」ではなく「殂」と記した。制度としては魏晋に従い、呼び方としては旧主を立てる。その折り合いのつけ方そのものが、亡国の史家の仕事であった。

評価

陳寿は、三国の歴史を後世に伝える礎を築いた、不世出の史家である。その『三国志』の簡潔・公正な筆は「良史の才」と称えられ、正史四史の一角を占めた。三国の英雄たちの事績が今日まで生き生きと伝わるのは、ひとえにこの人の筆による。 不遇の蜀の臣が、亡国ののちに、その時代そのものを書き残す大事業を成し遂げた――その生涯は、歴史を記すという営みの重みを、静かに物語っている。

演義

小説『三国志演義』は、まさにこの陳寿の『三国志』と、それに付された裴松之の注を、大きな土台としている。物語そのものには登場しないが、三国の物語のすべては、陳寿が書き残した史書の上に成り立っている。 英雄たちの活躍を今に伝える、その源泉に立つ人物である。
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