きれい

紀霊

生没年生没年不詳 所属後漢

轅門射戟に救われた、袁術配下の猛将

能力値
統率 D
武力 C
知力 E
計略 E
政治 F
人望 E
関連年表
— 袁術配下の大将となる
196年 歩騎三万を率い、徐州の劉備を攻める総大将となる
196年 呂布が歩騎千余で救援に馳せ、紀霊らは兵を列ねて戦いをやめる
196年 呂布に招かれ「玄徳はわが弟」と告げられる
196年 営門の戟を一矢で射抜かれ、「将軍は天威」と称して兵を解く(轅門射戟)
196年 翌日も宴を張り、双方が引き揚げる
— ※以後の消息と最期を、正史は記していない
演義 五十斤の三尖刀で関羽と三十合を渡り合い、のち張飛に討たれる

略歴

紀霊は、淮南に覇を唱えた袁術の配下の大将である。 正史『三国志』がこの人物に触れるのは、ただ一度の出兵についてである。建安元年(196年)、袁術は徐州の劉備を討つべく、紀霊らに歩騎三万を授けて差し向けた。劉備は小沛の呂布に救援を求める。 呂布の諸将は、これを好機と見た。「将軍はつねに劉備を殺したいと思っておられた。いま袁術の手を借りればよいではありませんか」。だが呂布は退けた——「そうではない。袁術が徐州を得れば、北は泰山の諸将と連なる。わしは袁術の包囲のなかに置かれることになる。救わざるを得ないのだ」。 そして呂布は、歩騎わずか千余を率いて馳せ向かった。『三国志』呂布伝はこう記す——「霊ら、布の至るを聞き、皆、兵を陳ねて戦いを罷む」。三万の軍が、千余の到着を聞いただけで戦いをやめたのである。 この続きを詳しく伝えるのは、『後漢書』呂布伝である。呂布は沛城の西南に兵を構え、紀霊らを招いた。紀霊らも呂布を招き、互いに会することになった。席で呂布は言った——「玄徳はわが弟である。卿に困しめられているので、救いに来た」。そして軍中に布告した。「諸君のうち闘いたい者があれば、わしがみずから相手になろう」。 営門に戟を植えると、呂布は弓を引き、振り向いて言った。「諸君、布がこの戟の小枝を射るのを見よ。中れば各々兵を解け。中らなければ、留まって決闘してもよい」。そして一発で、まさに戟の枝を射抜いた。紀霊らは驚いて「将軍は天威であられる」と称し、翌日もまたともに宴を張って、それから各々引き揚げたという。世に名高い「轅門射戟」である。 紀霊についての記録は、ここで途切れる。その後どうなったのかを、正史は記していない。

逸話

紀霊が率いた三万の軍は、呂布の歩騎千余が到着したと聞いただけで戦いをやめた。『三国志』呂布伝の記述はそれだけで、理由は書かれていない。 その呂布が救援を決めた理由は、劉備への情ではなかった。部将たちが「いまこそ袁術の手で劉備を殺させればよい」と勧めたのに対し、呂布はこう答えている——「袁術が徐州を得れば、北は泰山の諸将と連なる。わしは袁術の包囲のなかに置かれることになる」。徐州が袁術のものになれば、次に挟まれるのは自分だという計算であった。劉備を生かしておく必要があったのである。 「轅門射戟」として名高い場面を伝えるのは、『三国志』ではなく『後漢書』呂布伝である。 呂布は紀霊らを招いて同席すると、まずこう言った。「玄徳はわが弟である。卿に困しめられているので、救いに来た」。そして軍中へ向けて布告する。「諸君のうち闘いたい者があれば、わしがみずから相手になろう」。 営門に戟を植えると、呂布は弓を引き、振り向いて条件を示した——「諸君、布がこの戟の小枝を射るのを見よ。中れば各々兵を解け。中らなければ、留まって決闘してもよい」。外したら戦ってよい、という条件を自分から付けたのである。そして一発で戟の枝を射抜いた。 紀霊らは驚いて「将軍は天威であられる」と口々に称えた。そして翌日もまた酒宴を張り、そのうえで双方が引き揚げたという。弓の一射が三万の軍を動かし、しかもその後に宴席が二度あったという、奇妙に和やかな決着であった。 『三国志演義』は、この紀霊に正史よりはるかに具体的な像を与えている。五十斤の三尖刀を操る猛将とされ、劉備を攻めた際には関羽と三十合を渡り合う。そして物語の終盤では、袁術が敗走する途上で張飛に討たれる。 だが正史に書かれているのは、三万を率いて出兵し、呂布の到着で兵を引き、戟を射抜かれて帰った——そこまでである。その後の消息も、最期も、記録は何も残していない。名高い一場面の相手役として歴史に現れ、そのまま記録から消えた人物であった。

評価

紀霊は、僭帝・袁術のもとで軍を率いた勇将であり、その武勇は物語のなかでも印象深く描かれる。とりわけ、呂布の「轅門射戟」によって劉備との戦いを止められた一件は、呂布の弓の妙技を際立たせる名場面として名高い。 もっとも正史が記すのは、三万を率いて出兵し、呂布の到着で兵を引いた一度の戦役だけで、その後の消息も最期も伝わらない。名高い一場面の相手役として現れ、そのまま記録から消えた人物である。

演義

小説『三国志演義』では、袁術配下きっての猛将として登場する。五十斤の三尖刀を操り、劉備を攻めた際には関羽と三十合を渡り合う。 呂布の轅門射戟によって劉備との戦いを止められる場面が名高い。のち袁術の敗亡の中で、張飛に討たれる。
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