城・都市
きょ / 許

曹操の本拠「許都」の後漢当時の呼び名。=許昌。

種別
城・都市
現在地
河南省許昌市
所属州
豫州
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

曹操が献帝を迎えて都とした地の、後漢当時の呼び名。のちに魏が「許昌」と改めた同じ都市を指す。天子を擁した曹操の政治的本拠「許都」であり、漢の朝廷の名目上の所在地であった。

歴史

196年、曹操は各地を流浪していた献帝をこの許へ迎え、荒廃した洛陽に代わる都とした。以後、許は漢の天子の在す都でありながら、政(まつりごと)の実権は曹操が握るという、名と実の分かれた都となる。曹操はここを足場に「天子を奉じて不臣を討つ」大義を掲げ、官渡の勝利を経て中原を平定した。曹丕が漢に代わって帝位に即くと、この地は「許昌」と改称される。(同じ地の詳細は「許昌」の項を参照)

現在

許は現在の河南省許昌市にあたり、「許昌」と同じ地である。三国の都の一つとして知られる。