209年
こうりょうのたたかい

江陵の戦い

赤壁に乗じた周瑜が曹仁の守る江陵を攻略した戦い。周瑜は矢傷を押して指揮を執った。

時期
208年〜209年(建安13〜14年)
場所
江陵(湖北省荊州市)
結果
呉の勝利(周瑜が曹仁を破り江陵を得る)
兵力
諸説あり
立脚点
正史
別名
南郡争奪戦

概説

赤壁の勝利に乗じた呉の周瑜が、曹操方の曹仁が守る江陵(南郡)を攻めた戦い。一年に及ぶ攻防の末、周瑜は曹仁を追って江陵を陥れ、荊州中部の要地を呉の勢力下に収めた。周瑜が流れ矢に傷つきながらも指揮を執り続けた戦いとして知られる。

背景

赤壁で敗れた曹操は、荊州の要 江陵の守りを名将 曹仁に託して北へ引いた。天下三分の鍵を握る荊州をめぐり、勝ちに乗じた周瑜が江陵の攻略に乗り出す。

経過

周瑜は長江を渡って江陵に迫ったが、曹仁の守りは固く、攻防は長期に及んだ。先鋒の甘寧が上流の夷陵を押さえると、曹仁はこれを大軍で囲む。周瑜は自ら援軍を率いて夷陵の囲みを破り、甘寧を救った。攻城戦のさなか、周瑜は流れ矢を右脇に受けて重傷を負うが、痛みを押して陣を巡り、将兵を鼓舞して戦い続けた。ついに曹仁は江陵を支えきれず、城を放棄して北へ退いた。

結末と影響

江陵を得た呉は、荊州中部に確かな足場を築いた。周瑜は南郡太守となり、なお益州を狙う遠大な構想を抱いたが、まもなく病を得て若くして世を去る。江陵をめぐるこの攻防は赤壁後の荊州争奪の第一幕であり、以後この地は魏・呉・蜀が長く争う焦点となった。

本文に登場する武将 (言及)

後漢
りゅうき
劉琦
? – 209年

骨肉の争いから避け、劉備の手助けとなった人物

ぎゅうきん
牛金
生没年不詳

若い頃から常に第一線で戦場を駆け活躍した将軍

陸遜
りくそん
陸遜
183年 – 245年
伯言  昭侯

関羽討伐や夷陵の戦いで勝利し、呉国前期を支えた重鎮

賈詡
かく
賈詡
147年 – 223年
文和  粛侯

前漢の張良・陳平に比せられる策略家

しょかつきん
諸葛瑾
174年 – 241年
子瑜 

孫権に信任され蜀の和平に務め、主従の気持ちを理解した人物

ぐほん
虞翻
生没年不詳
仲翔 

先見の明にして人物を占い、剛直な物言い参謀官

関羽
かんう
関羽
? – 219年
雲長  壮穆侯

曹操にも愛された名将にして、忠節と義理を重んじる

しゅぜん
朱然
182年 – 249年
義封 

主に蜀魏と荊州を巡って争い守った名将

張郃
ちょうこう
張郃
? – 231年
儁乂  壮侯

黄巾の乱から50年近く一線で戦い続けたとされる宿将

びほう
麋芳
生没年不詳
子方 

劉備の外戚でありながら、関羽と不仲により裏切った武将

かこうしょう
夏侯尚
? – 225年
伯仁  悼侯

知勇兼備の将だが、愛妾を絞殺され、精神を患って早世した人物

司馬懿
しばい
司馬懿
179年 – 251年
仲達  宣帝

魏四代に仕え、功績を挙げて中央実権を握った政治家

そうじゅん
曹純
? – 210年
子和  威侯

精鋭騎兵隊を指揮して、将来を渇望された武人

しょうさい
蒋済
? – 249年
子通  景侯

逸材を見抜く才能を持ち、参謀として活躍した酒癖の悪い人物

魯粛
ろしゅく
魯粛
172年 – 217年
子敬 

先見の明にして孫権を導き、蜀と友好を築いた参謀

かき
賈逵
174年 – 228年
梁道  粛候

文武の才能を持ち、知略と政治にも精通した人物

りつう
李通
168年 – 209年
文達  剛侯

曹操の中原平定に尽力し、危機で幾度も奮った武人

しゅせき
朱績
? – 270年
公緒 

数々の功績を挙げて、後年の呉を支えた名将の一人