208年
はくぼうはのたたかい

博望坡の戦い

劉備が曹操軍を火計で破った戦い。演義では諸葛亮 初陣の采配として描かれる。

時期
208年ごろ(正史では202年ごろ)
場所
博望坡(河南省南陽市方城県博望鎮)
結果
劉備の勝利(伏兵・火計で夏侯惇を破る)
兵力
諸説あり
立脚点
演義(正史は劉備の伏兵戦)

概説

新野に拠った劉備が、南下する曹操軍を火計で破った戦い。『三国志演義』では、三顧の礼で迎えられた諸葛亮が軍師として初めて指揮を執り、夏侯惇の大軍を焼き討ちにした「初陣の勝利」として描かれる。正史ではこれに先立つ時期、劉備自身が伏兵を用いて夏侯惇らを破った戦いとされる。

背景

曹操が荊州へ矛先を向ける中、荊州牧 劉表は客将の劉備を新野に置いて北の守りに当たらせていた。曹操は夏侯惇・于禁らに命じ、博望方面の劉備を攻めさせる。

経過

正史によれば、劉備は自陣に火を放って退却を装い、追ってきた夏侯惇・于禁の軍を狭隘な地へ誘い込むと、伏せておいた兵で急襲してこれを打ち破った。物語ではこの一戦が、迎えられたばかりの諸葛亮の初めての采配とされる。はやる関羽・張飛を巧みに配し、博望坡の細道で曹操軍を火攻めにして大勝する諸葛亮の姿は、二人が孔明の智略に心服する名場面として描かれた。

結末と影響

博望坡の勝利は、寡兵の劉備軍が曹操方を退けた数少ない戦果であった。しかし翌年、曹操が自ら大軍で南征を起こすと、劉備は新野を放棄して南へ退かざるを得なくなる。史実と創作が交錯するこの戦いは、諸葛亮伝説の入り口として広く親しまれている。