おうりょう

王淩

彦雲 生没年172年 – 251年 所属

司馬氏に抗して起った、淮南三叛の魁

能力値
統率 D
武力 E
知力 D
計略 D
政治 C
人望 D
関連年表
172年 太原郡祁県に生まれる。後漢の司徒・王允の甥
192年 王允一族が李傕らに誅され、兄とともに城を越えて逃れる
後漢末 孝廉に挙げられ、発干令・中山太守を経て曹操の丞相掾属となる
220年代 兗州刺史として張遼らと広陵で呉軍を破る
230年代 揚州刺史として孫布の偽降を見抜く
240年代 車騎将軍を経て司空・太尉となり、淮南の兵権を握る
249年 高平陵の変。司馬懿の専権を憂え、令狐愚と楚王・曹彪の擁立を謀る
251年 密告で露見。司馬懿に機先を制されて降伏する
251年 護送の途上、賈逵の廟に忠を訴えて服毒(年八十)。三族を誅される

略歴

王淩、字を彦雲といい、幷州太原郡祁県の人である。後漢の司徒・王允の甥にあたる。初平三年(192年)、王允が董卓を誅したのち、その残党である李傕・郭汜に一族を皆殺しにされたとき、王淩は兄の王晨とともに城壁を越えて逃れ、辛くも生き延びた。 長じて孝廉に挙げられ、発干県令から中山太守を経て、曹操に召されて丞相掾属となる。曹丕の代には散騎常侍・兗州刺史となり、張遼らとともに広陵で呉軍を破って功をあげた。青龍年間には揚州刺史として孫布の偽りの降伏を見抜くなど、東南の守りで着実に実績を重ね、正始年間には車騎将軍、ついで司空・太尉に進んだ。淮南の兵権を握る重鎮であった。 正始十年(249年)、司馬懿が高平陵の変で曹爽を滅ぼし、朝廷の実権を独占する。王淩はこれを深く憂えた。時の帝・曹芳は暗愚と目され、しかも司馬氏の掌中にある。そこで甥の兗州刺史・令狐愚とひそかに謀り、年長で英明と評判の楚王・曹彪を迎えて許昌に都を立て、司馬氏の専権を掣肘しようと図った。淮南三叛の、その第一の企てである。 だが嘉平元年(249年)に令狐愚が病没し、計画は宙に浮く。嘉平三年(251年)、王淩は呉軍の動きを口実に「虎符を賜り出兵したい」と朝廷へ請うたが、司馬懿はこれを許さなかった。やがて令狐愚の部下からの密告で企ては露見する。 司馬懿の動きは速かった。まず詔をもって王淩を赦す旨を伝えて油断させ、同時にみずから中軍を率いて水路を下り、たちまち百尺の地まで迫った。不意を突かれた王淩は抗するすべもなく、印綬を送って降伏を申し出る。司馬懿は表向きこれを受け入れたが、王淩を都へ護送させた。その途上、項の地で賈逵の廟の前を通りかかった王淩は、「賈梁道よ、王淩は魏に忠なる臣であった。ただ神のみがこれを知る」と大声で叫び、その夜、みずから毒を仰いで果てた。年八十。 一族と、企てに連座した者はことごとく三族を誅された。曹彪も自尽を命じられ、諸王公は鄴に集められて監視下に置かれることになる。

逸話

王淩の生涯は、若き日と最期の双方を「王允」の名に縁取られている。叔父の王允が董卓を誅したのち、李傕・郭汜に一族を皆殺しにされたとき、王淩は兄とともに城壁をよじ登って逃れた。その甥が、六十年近くのちに今度は司馬氏の専権に抗して起ち、同じように一族を誅されることになる。 最期の場面は名高い。降伏して都へ護送される途上、項の地で賈逵の廟の前を通りかかった王淩は、声を張り上げて叫んだ——「賈梁道よ。王淩はまことに魏に忠なる臣であった。ただ神のみが、これを知る」。賈逵は曹丕・曹叡の代に忠節をもって鳴った魏の名臣である。同じ魏の忠臣に呼びかけ、自らの志が叛逆ではなかったことを訴えたのである。その夜、王淩は毒を仰いで果てた。八十歳であった。 なお、降伏に際してのやりとりも伝わる。船で司馬懿に近づくのを許されなかった王淩は、遠くから「わたしを縛るだけで済むのなら、なぜ大軍を動かされたのか」と問うた。司馬懿は「卿は縄目につくような人物ではないからだ」と答えたという。そのうえで王淩が「あなたはわたしに背いた」と責めると、司馬懿は「わしは国に背くよりも、卿に背くほうを選ぶ」と応じた——魏への忠を掲げた者と、魏を奪おうとする者とが、互いに「忠」を口にして向き合った瞬間であった。 事の後、王淩と令狐愚の墓は暴かれて遺骸がさらされ、印綬と朝服は焼かれた。曹彪は自尽を命じられ、魏の諸王公は鄴に集められて監視下に置かれる。曹氏の抵抗の芽は、こうして一つずつ摘まれていった。

評価

王淩は、司馬氏の簒奪の兆しにいち早く抗して起とうとした、魏の忠臣勢力の先駆けである。だが老練な司馬懿の迅速果断の前に、挙兵する間もなく機を制され、志を遂げられぬまま自ら命を絶った。 その企てと敗死は、以後あいつぐ淮南三叛の口火となり、司馬氏への抵抗と、その苛烈な弾圧の応酬の始まりを告げるものであった。

演義

小説『三国志演義』では、司馬懿の専権に抗して曹芳の廃立を謀る魏の重臣として登場する。 だが司馬懿に機先を制されて降伏を余儀なくされ、護送の途上で自害する。高平陵の変に続く司馬氏の権力掌握の過程の一齣として描かれている。
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