りくいん

陸胤

字敬宗 生没年生没年不詳 所属呉

交州の乱を鎮めた、清廉な陸氏の一門

能力値
統率 D
武力 E
知力 D
計略 D
政治 C
人望 C
関連年表
— 呉郡呉県に生まれる。陸遜の族子で、陸凱の弟
— 御史・選曹尚書を経て太子中庶子となり、太子・孫和に敬われる
240年代 孫権と楊竺の密談が、床下に伏せた者から孫和へ伝わる
240年代 孫和の密使として武昌へ赴き、陸遜に事情を伝える
245年 情報の流出が露見して獄に下され、陸遜も責めを受けて憤死する
254年 衡陽督軍都尉となる
— 交阯・九真の夷賊が城邑を落とし、交州が騒動に陥る
— 交州刺史・安南校尉として南へ赴き、恩信をもって諭す
— 高涼の渠帥・黄呉らの一党三千余家が降る
— 賊帥百余人・民五万余家が帰順し、交域が清泰に帰する
— 安南将軍を加えられ、蒼梧・建陵の賊も討ち破る
— 中書丞・華覈が「諸将軍功臣に比ぶ者なし」と推薦の上表を書く

略歴

陸胤、字を敬宗という。呉郡呉県の人。丞相・陸遜の族子にあたり、剛直の丞相として知られた陸凱の弟である。 御史・選曹尚書を経て太子中庶子となった。皇太子・孫和はこの人を敬ったと正史は記す。 赤烏年間、後継をめぐる二宮の変において、陸胤は太子方の密使として働いた。孫権が側近と交わした密談の内容が太子の耳に入ったとき、それを武昌へ伝える役を担ったのである。やがてこの一件が露見し、陸胤は獄に下された。 五鳳元年(254年)、衡陽督軍都尉となる。 そのころ南方では、交阯・九真の夷賊が城邑を攻め落とし、交州一帯が騒動に陥っていた。陸胤は交州刺史・安南校尉として南へ赴く。 その治め方は、武力に頼るものではなかった。南の境に入ると、まず信義を示して招き入れることに努めた。山奥に拠ってどの政権にも服属しなかった者たちまでが次々に帰順し、州は静まった。 その功により安南将軍を加えられ、続いて蒼梧・建陵の賊も討ち破っている。前後に八千余人を徴して軍用に充てた。 清廉な統治で知られ、朝廷へ推薦の上表が出されるほど、その評は高かった。

逸話

陸胤が二宮の変で担った役は、記録のなかでも異様に危険なものであった。 事の起こりは盗み聞きである。孫権が側近の楊竺を独り召して、太子・孫和と魯王・孫覇のどちらが嗣子にふさわしいかを論じたとき、床下に伏せていた者がこれを聞いていた。そしてその内容は、ひそかに孫和へ伝えられた。 密談の中身を知った孫和が選んだ手が、陸胤を使うことであった。陸胤は別の用事に託けて武昌へ赴き、そこにいた陸遜に事情を伝えた。陸遜は上疏して「太子は正統であり、盤石の固めがあるべきです。魯王は藩臣であり、寵と秩には差を設けるべきです」と諫めた。 だが、この諫言そのものが問題になった。朝廷の密談が、なぜ武昌の陸遜に知られているのか——情報の流出が露見したのである。孫権は激怒した。楊竺は漏洩を疑われて誅され、陸胤は獄に下されて取り調べを受けた。陸遜もまた責めを受け、憤りのうちに世を去った。 太子を守るための一手が、呉最大の功臣を死に追いやる結果になったのである。 そのあと陸胤が向かったのは、帝国の最南端であった。交阯・九真の夷賊が城邑を攻め落とし、交州一帯が騒動に陥っていた土地である。 そこでの治め方が、この人の本領を示している。陸胤は南の境に入ると、まず恩信をもって諭した。武力で押さえるのではなく、招き入れることに努めたのである。高涼の渠帥・黄呉らの一党三千余家がまず降り、さらに南へ軍を進めて重ねて誠意を示し、財幣を贈った。 その結果を『三国志』はこう記す——賊帥百余人、民五万余家、深く幽して羈されざる者、稽顏せざるは莫し。深い山奥に拠ってどの政権にも服属しなかった者たちまでが、ことごとく頭を垂れた。交域は清泰に帰した、と。五万余家という規模は、一つの州の人口に相当する。 清廉さも際立っていた。中書丞の華覈が朝廷へ上表して陸胤を推薦したとき、その評語はこうであった——「胤は天姿聡朗にして、才は通じ行いは潔い。かつて選曹を歴任したときは賢を遺して滞らせることがなかった。南の辺境に在って年を積み、恩威は内に著れ、名声は外に聞こえた。……諸将軍や功臣のなかで、これと比べられる者はない」。 太子の密使として獄に下された人が、南の果てで五万余家を帰順させ、そして呉の文人からこう評された。陸氏という一門の厚みが、この弟のほうにもはっきり表れている。

評価

陸胤は、名族・陸氏の一門にふさわしく、文武の才と清廉さをそなえた良吏であった。とりわけ、遠い交州の乱を、恩信をもって鎮めた手腕は高く評価される。 剛直の兄・陸凱とともに、末期の呉を支えようとしたその姿は、陸氏一門の重みと質の高さを、あらためて示している。

演義

小説『三国志演義』では大きくは描かれないが、呉の名族・陸氏の一人としてその名が連なる。 交州を鎮めた清廉の良吏としての実像は、呉の南方経営を支えた人材の一つとして位置づけられる。
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