古戦場
はちじんず / 八陣図

八陣図

諸葛亮の石陣に陸遜が迷い込んだと伝わる伝承の地。

種別
古戦場
現在地
重慶市奉節県
所属州
益州
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

諸葛亮が考案したと伝わる石組みの陣法「八陣図」の遺跡地。夷陵の戦いののち、敗走する劉備を追った呉の陸遜が、この石陣に踏み込んで進退窮まり、辛くも脱したという伝承で名高い。史実というより、諸葛亮の神算を語る物語として後世に親しまれてきた。

歴史

『三国志演義』などの伝承によれば、諸葛亮はかつて魚復浦(白帝城のほとり)の川原に、六十四の石塊を並べて八陣図を布いた。夷陵で劉備を破った陸遜が勢いに乗って西へ追撃すると、この石陣に迷い込み、たちまち方角を失って囲みを抜けられなくなる。折しも現れた諸葛亮の岳父・黄承彦の導きで、ようやく生きて出られた、と物語は伝える。八陣とは天・地・風・雲・竜・虎・鳥・蛇になぞらえた八つの陣形で、変幻自在に敵を翻弄する諸葛亮の兵法の象徴とされた。

現在

八陣図の跡は、現在の重慶市奉節県、白帝城にほど近い長江の川辺にあったと伝えられる。三峡ダムの建設に伴う水位の変化で往時の景観は失われたが、杜甫が「功は蓋う三分の国、名は成る八陣の図」と詠んだ詩とともに、その名は今も語り継がれている。