城・都市
えいあん / 永安

永安

劉備が最期を過ごし、諸葛亮に後事を託した地。白帝城と同じ。

種別
城・都市
現在地
重慶市奉節県
所属州
益州
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

劉備が最期を過ごした地で、白帝城のある町の名。もとは魚復(ぎょふく)と呼ばれたが、夷陵の敗戦ののちここへ退いた劉備が「永安」と改めた。劉備がこの地の白帝城で諸葛亮に後事を託して世を去った「白帝城の託孤」で知られ、以後は蜀の対呉防衛の最前線となった。

歴史

222年、夷陵で陸遜に大敗した劉備は、長江をさかのぼって魚復に至り、都へは戻らずこの地に留まって、名を永安と改めた。翌223年、病の篤くなった劉備は成都から諸葛亮を召し、幼い後主 劉禅の行く末を託して息を引き取る。以後、永安は呉と境を接する蜀の東の守りの要として、李厳や陳到らが鎮守した。険しい三峡の入口を扼するこの地は、蜀の対呉防衛の最前線であり続けた。

現在

永安は現在の重慶市奉節県にあたり、劉備終焉の白帝城と同じ地である。長江が三峡へ入る峡口の要害として、その名を歴史に刻んでいる。