城・都市
えいせん / 潁川

潁川

荀彧ら曹操の名臣を多く生んだ「人物の淵」。

種別
城・都市
現在地
河南省許昌市(禹州市一帯)
所属州
豫州
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

豫州の中核をなす郡で、都 洛陽の東南に位置する。後漢を通じて数多くの人材を輩出した「人物の淵」として名高く、荀彧・荀攸・郭嘉・鍾繇ら、曹操を支えた名臣の多くがこの潁川の出身であった。

歴史

潁川は学問の盛んな土地柄で、名士を数多く生んだ。とりわけ曹操の覇業を支えた謀臣・能吏には潁川出身者が際立って多く、荀彧・荀攸・郭嘉・鍾繇・陳羣・徐庶らがこの地に連なる。184年の黄巾の乱では、潁川が主戦場の一つとなり、皇甫嵩・朱儁が長社で黄巾軍を火計で破った。人材と学問の郷 潁川は、三国の趨勢を陰で大きく左右した地であった。

現在

潁川は現在の河南省許昌市(禹州市一帯)にあたる。多くの名士を生んだ地として知られる。