城・都市
めんちく / 綿竹

綿竹

李厳が劉備に降り、諸葛瞻が鄧艾に散った蜀の要。

種別
城・都市
現在地
四川省徳陽市綿竹市
所属州
益州
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

成都平原の北部に位置する城市で、都を守る北の要。劉備の益州平定では、劉璋方の将 李厳らがここで劉備に降り、蜀滅亡の際には諸葛瞻が鄧艾を迎え撃って散った、蜀の始まりと終わりに関わる地である。

歴史

213年、劉備が益州へ進撃すると、劉璋は綿竹に李厳・費観を遣わして防がせたが、二人は劉備に降ってしまい、成都の守りは大きく崩れた。それから半世紀後の263年、魏の鄧艾が陰平を越えて迫ると、諸葛亮の子 諸葛瞻がこの綿竹で迎え撃つ。奮戦むなしく諸葛瞻・諸葛尚の父子は討ち死にし、成都への道が開かれて蜀は滅んだ。綿竹は、蜀漢の創業と滅亡の双方に立ち会った地であった。

現在

綿竹は現在の四川省徳陽市綿竹市にあたる。成都平原北縁の要地である。