山岳
ていぐんざん / 定軍山

定軍山

黄忠が夏侯淵を討ち、諸葛亮が葬られた漢中の名山。

種別
山岳
現在地
陝西省漢中市勉県
所属州
益州
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

漢中盆地の南に連なる山で、漢中争奪戦の帰趨を決した古戦場。219年、蜀の老将 黄忠がこの山上から魏の名将 夏侯淵を討ち取り、劉備の漢中平定を決定づけた。のちに諸葛亮がこの地に葬られたことでも知られる。

歴史

219年、漢中をめぐって曹操と争う劉備は、法正の献策に従って定軍山に陣を進めた。高所を占めた蜀軍に対し、夏侯淵は麓の鹿角(防柵)の修復に出たところを急襲される。黄忠が高みから一気に攻め下って夏侯淵を斬ると、魏軍は総帥を失って崩れ、曹操もついに漢中を放棄した。諸葛亮は死に臨んで「漢中の定軍山に葬れ」と遺言し、その墓(武侯墓)は今もこの山のふもとにある。

現在

定軍山は現在の陝西省漢中市勉県の南にあたる。山麓には諸葛亮をまつる武侯墓が残り、三国の古戦場をしのぶ地となっている。