えきけい / 易京

易京

公孫瓚が籠城し、自ら焼死した巨大要塞。

種別
現在地
河北省保定市(雄県・易県付近)
所属州
幽州
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

幽州の群雄 公孫瓚が築いた巨大な要塞。袁紹との長い抗争の末、公孫瓚がここに立て籠もって最期を遂げた地として知られる。幾重もの塹壕と高楼を巡らせた堅城であったが、ついに袁紹の軍に攻め落とされた。

歴史

公孫瓚は袁紹との戦いに敗れを重ねると、易京に退いて守りを固めた。十重の塹壕を掘り、その中に高さ数十丈の楼を築いて穀物を蓄え、天下の事が定まるまでここで待つと称して籠城する。199年、袁紹は地下道を掘って楼の基を崩し、易京を攻略した。敗北を悟った公孫瓚は、妻子を手にかけたのち自ら火を放って焼死する。北辺に勇名を馳せた白馬将軍の生涯は、この砦とともに燃え尽きた。

現在

易京は現在の河北省保定市の雄県・易県のあたりに比定される。公孫瓚終焉の地として、その名が伝えられている。