城・都市
どうじゃくだい / 銅雀台

銅雀台

曹操が鄴に築いた壮麗な楼台。建安文学の華やかな舞台。

種別
城・都市
現在地
河北省邯鄲市臨漳県(鄴城遺跡)
所属州
冀州
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

曹操が本拠 鄴の城内に築いた壮麗な楼台。天を摩する高台の上に、銅で鋳た鳳凰の像を掲げたことからこの名がついた。曹操とその子 曹丕・曹植をはじめ、当代の文人が集って詩歌を詠み交わした、建安文学の華やかな舞台である。

歴史

210年、河北を平定して権勢の絶頂にあった曹操は、鄴に銅雀台を築いた。金鳳台・氷井台とあわせた三台は、政庁であると同時に、曹操を囲む文人たちの社交の場でもあった。曹植はここで名高い「銅雀台賦」を詠み、その才を父に賞されたと伝わる。『三国志演義』では、諸葛亮が周瑜を抗戦へ焚きつけるため、この賦の一節を「曹操は江東の美女 大喬・小喬を得て銅雀台に住まわせようとしている」と解いてみせ、小喬を妻とする周瑜を激怒させる場面が描かれる。のちに詩人 杜牧が「東風 周郎に与せずんば、銅雀 春深くして二喬を鎖さん」と詠んだのも、この楼台であった。

現在

銅雀台の跡は、現在の河北省邯鄲市臨漳県、鄴城遺跡の中に残る。往時の楼台は失われたが、台の基壇がわずかにその壮大さをしのばせる。