256年
だんこくのたたかい

段谷の戦い

姜維が鄧艾に大敗した戦い。味方の遅参で孤立し、多くの将兵を失った。

時期
256年(延熙19年)
場所
隴右・段谷
結果
魏の勝利(鄧艾が姜維を破る)
兵力
諸説あり
立脚点
正史

概説

256年、蜀の姜維が魏の鄧艾と隴右の段谷で戦い、大敗した戦い。味方の胡済との合流が果たせぬまま孤軍で戦った姜維は、地形を読み切った鄧艾に翻弄されて多くの将兵を失う。北伐の旗手 姜維がその限界を突きつけられた一戦であった。

背景

諸葛亮の遺志を継ぐ姜維は、たび重なる北伐で魏の隴右を攻めていた。前年に洮西で魏軍を大破した姜維は、勢いに乗じてさらに攻勢を強める。迎え撃つ魏では、蜀軍の動きを読むことに長けた鄧艾が守りの要にあった。

経過

姜維は上邽方面へ進み、別動の胡済と段谷で合流して魏軍を挟撃する手はずであった。しかし鄧艾は姜維の狙いを見抜き、要地を先に押さえて蜀軍を待ち構える。約束の地に胡済の軍は現れず、姜維は孤立したまま鄧艾の軍と戦うことになった。地の利を得た魏軍に攻め立てられ、蜀軍は段谷で総崩れとなり、多くの将兵を失って退いた。

結末と影響

段谷の大敗により、姜維は責を負って位を下げ、その声望も陰りを見せる。うち続く北伐と敗戦は蜀の国力をさらに削り、民の疲弊を招いた。名将 鄧艾は、このとき見せた戦巧者ぶりを、七年後の蜀征伐における陰平越えの奇策へとつなげていく。段谷は、蜀の攻勢が限界に達しつつあることを示す戦いであった。