城・都市
こうし / 交趾

交趾

士燮が長く安んじて治めた交州の中心。現ベトナム北部。

種別
城・都市
現在地
ベトナム北部(ハノイ一帯)
所属州
交州
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

交州の中心をなす郡で、現在のベトナム北部にあたる。中原から最も遠い南の辺境でありながら、名士 士燮が長くこの地を安んじて治め、乱世の避難所として多くの人士を受け入れた。

歴史

後漢末の動乱の中、交趾太守 士燮は、一族とともに交州一帯を実質的に支配し、四十年にわたって平和を保った。学問を好み、逃れてきた中原の名士を厚く遇したため、交州は乱世にあって稀な安住の地となる。士燮は名目上 孫権の呉に服属して南方の安定に寄与し、その功で厚遇された。士燮の死後、呉は交州の直接支配を強めようとして紛擾も起きたが、交趾は引き続き呉の南辺の要としてあり続けた。遠い南の地 交趾は、乱世の避難所として独自の役割を果たした。

現在

交趾は現在のベトナム北部(ハノイ一帯)にあたる。古来 中原と東南アジアを結ぶ南の要地であった。