やこく / 斜谷

斜谷

漢中と関中を結ぶ谷道。曹操「鶏肋」・諸葛亮北伐の路。

種別
現在地
陝西省宝鶏市眉県南(秦嶺・褒斜道)
所属州
司隷
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

秦嶺山脈を貫く褒斜道の北の出口にあたる谷で、漢中と関中を結ぶ主要な進軍路の一つ。諸葛亮の北伐や、漢中をめぐる曹操と劉備の戦いで、しばしば大軍の通り道となった。

歴史

219年、漢中で劉備と対峙した曹操は、戦況の不利にこの斜谷のあたりで撤退を決した。夜、合言葉を問われて「鶏肋(けいろく=鶏のあばら。食べる所は少ないが捨てるには惜しい)」と口にし、これを聞いた楊修が撤退を察して支度を始めた、という逸話が伝わる。234年、諸葛亮は最後の北伐でこの斜谷を抜けて五丈原に陣した。険しくも要となるこの谷は、蜀と魏の攻防に幾度も登場する。

現在

斜谷は現在の陝西省宝鶏市眉県の南、秦嶺の谷あいにあたる。褒斜道の難所として知られる。