古戦場
かんと / 官渡

官渡

曹操が寡兵で袁紹を破り華北の覇権を握った決戦の地。

種別
古戦場
現在地
河南省鄭州市中牟県付近
所属州
司隷
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

200年(建安5年)、曹操が河北の雄・袁紹の大軍を寡兵で破った「官渡の戦い」の舞台。曹操は袁紹軍の兵糧集積地・烏巣を奇襲して焼き払い、補給を断たれた袁紹軍は総崩れとなった。この勝利で曹操は華北の覇権を握り、中原統一への基礎を築いた。

歴史

河北四州を制した袁紹は十万余の大軍を催して南下し、許都の曹操に迫った。兵力に劣る曹操は官渡に防塁を築いて持久戦に持ち込む。白馬・延津の緒戦では関羽・張遼らが袁紹の名将顔良・文醜を討ち取ったものの、戦線は膠着し、曹操軍は兵糧の欠乏に苦しんだ。転機となったのは、袁紹の謀臣・許攸の来降である。許攸は袁紹軍の兵糧が烏巣に集積されていることを明かし、曹操は自ら精兵を率いて夜襲を敢行、これを焼き払った。兵糧を失った袁紹軍は動揺し、張郃・高覧の降伏を機に一挙に崩壊する。袁紹はわずかな騎兵とともに河北へ逃げ帰り、以後は勢力を回復できぬまま病没した。

現在

官渡は現在の河南省鄭州市中牟県の東北一帯に比定される。黄河南岸の平原にあたり、当時この地が中原の南北を分ける要衝であったことをしのばせる。