城・都市
じゅしゅん / 寿春

寿春

袁術が皇帝を僭称した淮南の要衝。

種別
城・都市
現在地
安徽省淮南市寿県
所属州
揚州
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

淮水のほとりに開けた揚州北部の要衝。豊かな穀倉地帯を背にした戦略上の要地で、袁術がここを本拠として皇帝を僭称したことで知られる。のちには魏の対呉最前線となり、たびたび大きな反乱の舞台ともなった。

歴史

197年、伝国の玉璽を手にした袁術は、寿春でみずから皇帝を称した。しかし驕慢な統治で人心を失い、たび重なる出兵と奢侈で領内は疲弊、ついに孤立して199年に病没する。以後、寿春は魏の淮南経営の拠点となり、呉と境を接する最前線となった。魏の末期には、司馬氏の専権に反発した王淩・毌丘倹・諸葛誕が相次いでこの地で兵を挙げ(淮南三叛)、いずれも激しい攻防の末に鎮圧された。

現在

寿春は現在の安徽省淮南市寿県にあたる。よく残る古い城壁で知られる歴史の町で、淮水流域の要地としての面影を今に伝える。