城・都市
さいそう / 柴桑

柴桑

赤壁前夜、孫権と周瑜の本営が置かれた地。

種別
城・都市
現在地
江西省九江市
所属州
揚州
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

長江南岸、鄱陽湖の注ぎ口に近い揚州の要地。赤壁の戦いを前に、孫権が本営を置いて開戦の可否を決した地として知られる。ここで抗戦の方針が固まり、周瑜を都督とする呉軍が上流の赤壁へと発っていった。

歴史

208年、曹操の南下に際して、孫権は柴桑に軍を集めて去就を定めようとした。降伏を説く声が強い中、劉備の使者として訪れた諸葛亮が孫権を励まし、また鄱陽から呼び戻された周瑜が曹操軍の弱点を説いて主戦を主張する。孫権はついに机の角を斬り落として抗戦の決意を示し、周瑜・程普を将として赤壁へ兵を進めた。柴桑は、天下三分を決した大戦の出発点となった地である。

現在

柴桑は現在の江西省九江市にあたる。長江と鄱陽湖の水運が交わる要地で、市域には柴桑区の名が受け継がれている。