城・都市
らくよう / 洛陽

洛陽

後漢の都。董卓の遷都と焼き討ちで荒廃し、のち魏の都となった。

種別
城・都市
現在地
河南省洛陽市
所属州
司隷
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

後漢の都として天下の中心にあった大都市。黄河の南、伊水・洛水の潤す盆地に開け、宮殿と太学が並ぶ帝国の心臓部であった。三国志の幕開けとともに動乱の渦中に置かれ、董卓の専横と焼き討ちで一度は廃墟と化すが、のちに魏の都として再び栄えた。

歴史

184年の黄巾の乱、189年の宦官誅殺と何進の死をきっかけに、洛陽は混乱の舞台となった。兵を率いて入京した董卓が実権を握り、廃立を行って権勢をほしいままにする。190年、反董卓連合軍が迫ると、董卓は帝を長安へ移し、洛陽の宮殿・民家に火を放って住民を西へ強制移住させた。都は焼け野原となり、後年 曹操が献帝を迎えたときにはすでに荒廃していたため、帝は程なく許へ移された。220年、曹丕が漢に代わって魏を建てると、洛陽は正式に魏の都と定められ、往時の繁栄を取り戻していった。

現在

洛陽は現在の河南省洛陽市にあたる。九朝の古都と称される歴史都市で、近郊には後漢・魏の宮城跡や、白馬寺・龍門石窟などの遺跡が数多く残る。