城・都市
ぼくよう / 濮陽

濮陽

曹操と呂布が兗州を争った死闘の地。

種別
城・都市
現在地
河南省濮陽市
所属州
兗州
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

兗州の要地で、黄河のほとりに開けた城市。194年から翌年にかけて、曹操と呂布が兗州の覇権をめぐって死闘を繰り広げた「濮陽の戦い」の舞台として知られる。

歴史

194年、曹操が父の仇を討つべく徐州へ出兵した隙をつき、陳宮らに迎えられた呂布が兗州を奪い、濮陽に拠った。急ぎ引き返した曹操は濮陽で呂布と激突するが、火計に遭って危地に陥り、あやうく命を落としかけたところを部将に救われたと伝わる。両軍は百日以上にわたって一進一退の攻防を続け、やがて蝗害と飢饉に見舞われて兵を引いた。翌年、曹操は態勢を立て直して呂布を破り、兗州を回復する。濮陽は、曹操が本拠を失いかけた苦難の記憶を刻む地であった。

現在

濮陽は現在の河南省濮陽市にあたる。黄河沿いの古い城市として知られる。