渡し場
さいせきき / 采石磯

采石磯

長江随一の渡河点。孫策の江東平定の足がかり。

種別
渡し場
現在地
安徽省馬鞍山市
所属州
揚州
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

長江の南岸に突き出た岩磯で、古来「天下の絶険」と称された長江随一の渡河点。流れが狭まり対岸へ渡りやすいこの地は、南北をつなぐ要衝として、歴代の戦いで争奪の的となった。孫策が江東平定に乗り出した際にも、この付近から長江を渡ったと伝わる。

歴史

采石磯は、長江の中・下流でもっとも渡河に適した地の一つとされ、北から江南へ攻め入る軍がしばしば目指す要地であった。三国のはじめ、孫策は父 孫堅の遺志を継いで江東の平定に乗り出し、牛渚・采石のあたりから長江を渡って橋頭堡を築く。険しい岩磯と急流に守られたこの地は、以後も長く江南防衛の鍵をなし、後世の詩人 李白がその絶景を愛したことでも知られる。

現在

采石磯は現在の安徽省馬鞍山市にあたる。長江を見下ろす景勝地として、李白ゆかりの太白楼などとともに親しまれている。