こうしょうげん

黄承彦

生没年生没年不詳 所属後漢

娘を諸葛亮に嫁がせた、襄陽の名士

能力値
統率 F
武力 F
知力 C
計略 D
政治 F
人望 D
関連年表
後漢末 襄陽の名士。『襄陽記』は「高爽開列」と評する
— 蔡諷の長女を妻とする(その妹が劉表の後妻・蔡夫人)
— 水軍を統べる蔡瑁は、妻の弟にあたる
207年頃 諸葛亮に自ら「醜女だが才は君に釣り合う」と娘を勧める
— 諸葛亮が即座に承諾し、娘が送られる
— 郷里に「孔明の嫁選びを真似るな」の諺が流行する
— この婚姻により、諸葛亮が荊州最大の名族・蔡氏の縁戚となる
— 正史の記述はこの一段に尽き、生没年も官歴も伝わらない
演義 八陣図に迷った陸遜を導き出す老人として登場する

略歴

黄承彦は、荊州襄陽の名士である。『襄陽記』はその人柄を「高爽開列」と評している。おおらかで、曲がったところがなく、率直な人であった。沔水の南一帯に名を知られた名士であった。 当時の襄陽で最も栄えていたのは蔡氏である。蔡諷の姉は後漢の太尉・張温に嫁ぎ、その長女が黄承彦の妻となり、次女が荊州牧・劉表の後妻(蔡夫人)となった。水軍を統べた蔡瑁は、この二人の姉を持つ弟であった。つまり黄承彦の妻と劉表の後妻は姉妹であり、黄承彦は荊州の中枢と姻戚で結ばれていたことになる。 その黄承彦に、一人の娘があった。正史が伝える事績は、この娘の縁談ただ一つである。 黄承彦は、隆中に住む若い諸葛亮のもとへ自ら出向いて、こう申し出た——「君が嫁を探しておられると聞いた。わたしには醜い娘がいる。髪は黄色く、肌は黒い。だが才は君に釣り合うだろう」。諸葛亮はこれを承諾し、娘はすぐに車で送られてきた。 世の人はこれを笑いのたねにして、郷里ではこんな諺が流行ったという——「孔明の嫁選びを真似るな。まさに阿承(黄承彦)の醜い娘を得ることになるぞ」。 正史『三国志』が黄承彦について記すのは、裴松之注に引かれるこの一段にほぼ尽きる。生没年も、官歴も伝わらない。だがこの一つの縁談は、諸葛亮という人物の立ち位置を決定づけることになった。

逸話

『襄陽記』に残る黄承彦の言葉は、驚くほど率直である。 「君が嫁を探しておられると聞いた。わたしには醜い娘がいる。髪は黄色く、肌は黒い。だが才は君に釣り合うだろう」。自分の娘の容姿を隠すどころか、具体的に言い立てたうえで、才で売り込んだのである。そして諸葛亮は、ためらった様子もなく承諾した。娘はすぐに車で送られてきた。 世間はこれを笑った。郷里では「孔明の嫁選びを真似るな。まさに阿承の醜い娘を得ることになるぞ」という諺が流行ったという。笑われたのは諸葛亮のほうであって、娘を売り込んだ父の判断はむしろ通ってしまったことになる。 もっとも、この縁談が諸葛亮にもたらしたものは、笑い話では済まない重さを持っていた。 黄承彦の妻は蔡諷の長女であり、劉表の後妻となった蔡夫人はその妹であった。水軍を統べ、のちに劉琮に降伏を勧める蔡瑁は、二人の姉を持つ弟である。つまり諸葛亮はこの婚姻によって、荊州最大の名族・蔡氏の縁戚となった。妻の母の弟が、劉表政権の軍事を握る蔡瑁だったのである。 姉たちの婚姻を思い合わせると、構図はさらに明瞭になる。諸葛亮の姉の一人は蒯祺に嫁いだ。蒯氏は蒯越・蒯良を出し、劉表政権を支えた家である。もう一人の姉は龐山民——龐徳公の子に嫁いだ。そして本人は黄承彦の娘を娶って蔡氏とつながった。徐州から叔父に連れられて流れてきた孤児の兄弟は、わずか十年ほどで荊州の名士社会の中心に組み込まれていたのである。隆中の草廬で天下三分を論じた青年は、この縁故の網の上に立っていた。 娘のほうについては、後世さまざまな物語が生まれた。才知をもって夫を助けたとされ、木牛流馬を考案したという話まで加わり、明清以降には「黄月英」という名も与えられた。だが『襄陽記』が記しているのは「才は君に釣り合うだろう」という父の一言だけで、彼女自身が何をしたかについて正史は沈黙している。 黄承彦にも、物語はもう一つの役を与えた。『三国志演義』では、夷陵で劉備を破った陸遜が、魚腹浦に残された八陣図の石組みに迷い込む。そこへ現れた老人が「わたしは諸葛孔明の岳父である」と名乗り、陸遜を導き出して救うのである。婿が仕掛けた陣から敵将を助け出す、という役回りであった。史実にはない場面だが、娘の縁談ひとつしか記録を残さなかった名士に、物語が婿との縁をもう一度結び直して与えたことになる。

評価

黄承彦は、才を重んじて娘を諸葛亮に嫁がせた見識ある名士として知られる。容姿ではなく才徳をもって縁を結んだその判断は、世俗の評判に流されぬ眼力を示している。 この婚姻によって諸葛亮は荊州最大の名族・蔡氏の縁戚となった。名士社会における人脈の結び目として、諸葛亮の立ち位置を語るうえで欠かせぬ人物である。

演義

小説『三国志演義』では、諸葛亮の岳父として名が挙がるほか、後半には、夷陵で大敗した陸遜が諸葛亮の遺した八陣図の石組みに迷い込んだとき、これを導き出して救う老人として登場する。 八陣図の神秘を際立たせる逸話に彩りを添える人物として描かれている。
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