きょうせき / 夾石

夾石

石亭で敗れた曹休が潰走した淮南の隘路。

種別
現在地
安徽省安慶市桐城市付近
所属州
揚州
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

揚州北部の隘路にある軍事上の要地。石亭の戦いで魏の曹休が呉軍に大敗したのち、潰走してこの夾石まで退いた地として知られる。険しい地形が退路を扼する、攻防の要衝であった。

歴史

228年の石亭の戦いで、呉の陸遜に大敗した曹休は、夾石を通って命からがら北へ逃れた。このとき呉の朱桓は、夾石の険を押さえて曹休の退路を断てば、その本隊を丸ごと討ち取れると献策したが、容れられず、曹休は辛くも脱した。夾石はこのように、淮南方面の進退を左右する隘路として、軍略上の意味を持つ地であった。

現在

夾石は現在の安徽省安慶市桐城市のあたりに比定される。石亭の戦いにまつわる要害の地として名を残す。