城・都市
こうりょう / 広陵

広陵

陳登が孫策の渡江を退けた長江北岸の郡。

種別
城・都市
現在地
江蘇省揚州市
所属州
徐州
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

徐州南端、長江の北岸に位置する郡で、江南の呉と向かい合う要地。名士にして知勇兼備の陳登が太守を務め、孫策・孫権の北上をたびたび退けたことで知られる。魏呉が長江を挟んで対峙する最前線の一つであった。

歴史

広陵太守 陳登は、優れた統治で民の心をつかむ一方、たくみな用兵で孫策方の渡江の企てを二度にわたって撃退し、その武名を長江の南にまで轟かせた。曹操も陳登の器量を高く買っていたという。広陵は長江を挟んで江東と接するため、以後も魏と呉が争う辺境の要となった。魏の文帝 曹丕が呉を討たんとして広陵まで大軍を進めながら、長江の険と呉の備えを見て引き返した、という一幕もこの地のものである。

現在

広陵は現在の江蘇省揚州市にあたる。長江北岸の古都として知られる。