城・都市
かんちゅう / 漢中

漢中

張魯の地で、劉備が得て漢中王を称した益州北端の要。

種別
城・都市
現在地
陝西省漢中市
所属州
益州
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

益州の北端、秦嶺と大巴山に挟まれた盆地に開けた要地。関中と益州を結ぶ結節点として、三国を通じて激しく争われた。張魯の宗教王国の地であり、劉備がここを得て漢中王を称した、蜀漢飛躍のかなめである。

歴史

後漢末、漢中は五斗米道の教祖 張魯が信徒を率いて治める、半ば独立した宗教王国であった。215年、曹操が張魯を降してこの地を得ると、漢中は魏の南辺の拠点となる。しかし219年、劉備が漢中へ攻め上り、定軍山で夏侯淵を討って曹操を退け、ついに漢中を奪取した。劉備はこの勝利をもって漢中王を称し、蜀漢建国への道を確かなものとする。以後、漢中は諸葛亮の北伐の前進基地となり、蜀の対魏戦略の心臓部となった。

現在

漢中は現在の陝西省漢中市にあたる。秦嶺と大巴山に囲まれた盆地の中心都市である。