渡し場
ぎゅうしょ / 牛渚

牛渚

孫策が江東平定の緒戦を飾った長江の要津。采石磯の古称。

種別
渡し場
現在地
安徽省馬鞍山市(采石磯一帯)
所属州
揚州
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

長江南岸の要津で、采石磯のあたりを指す古い呼び名。長江を渡る要地として知られ、三国のはじめに孫策がここから江東へ攻め入り、独立の基礎を築いた地として名高い。采石磯とほぼ同じ地をいう。

歴史

195年ごろ、袁術のもとを離れた孫策は、長江を渡って江東の平定に乗り出した。孫策はまず牛渚の営塁を攻めて兵糧と武具を奪い、これを足がかりに劉繇(りゅうよう)らを次々に破って江東を席巻する。旧友の周瑜もこのとき兵を率いて孫策に合流した。牛渚は、若き孫策が「小覇王」と呼ばれる快進撃を開始した、呉の創業ゆかりの地である。

現在

牛渚は現在の安徽省馬鞍山市、采石磯の一帯にあたる。長江の要害として、孫呉の始まりを伝える地である。