城・都市
せきよう / 石陽

石陽

魏の文聘が孫権を退けた江夏の防衛拠点。

種別
城・都市
現在地
湖北省武漢市黄陂区付近
所属州
荊州
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

荊州の江夏郡北部に位置する城で、魏の対呉防衛の拠点。魏の将 文聘がこの石陽を守り、226年に孫権の大軍を退けたことで知られる。長江北方にあって、呉の北上を食い止める要害であった。

歴史

曹操に降ってのち荊州北部の守りを任された文聘は、江夏太守として石陽に拠り、長く呉の攻勢を防いだ。226年、曹丕の死の直後を狙って孫権が数万の兵で石陽に攻め寄せると、文聘は寡兵ながら計略を用いて城を守り抜いた。城の守りが手薄に見えるようわざと兵を伏せ、孫権に伏兵を警戒させて攻めあぐねさせたと伝わる。援軍の到着もあって孫権は退き、石陽は保たれた。魏の南辺 石陽は、文聘の忠勇によって守られた地であった。

現在

石陽は現在の湖北省武漢市黄陂区のあたりに比定される。魏の江夏郡の拠点であった。