街道
かようどう / 華容道

華容道

赤壁に敗れた曹操の退却路。関羽の「義釈」の地。

種別
街道
現在地
湖北省荊州市監利市付近
所属州
荊州
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

赤壁で敗れた曹操が、北へ逃げ帰る際にたどった泥濘の間道。『三国志演義』では、この華容道で待ち伏せた関羽が、かつての恩義に報いて曹操を見逃す「華容道の義釈」の名場面で知られる。

歴史

208年、赤壁の火計に敗れた曹操は、わずかな手勢とともに北をめざして落ち延びた。折からの雨でぬかるむ華容道は人馬の通行を阻み、曹操軍は老兵に草を背負わせて泥を埋めながら、ようやく通り抜けたという。正史でも曹操はこの難路に苦しみながら脱出している。物語ではさらに、諸葛亮の配した関羽がこの道に待ち構えるが、曹操の窮状と往時の温情を思い、あえて道を開けて逃がしたと脚色される。恩義に厚い関羽の人柄を象徴する逸話として広く親しまれる。

現在

華容道は現在の湖北省荊州市監利市のあたりに比定される。赤壁の戦いにまつわる古道として、その名が伝えられている。