城・都市
えん / 宛

曹操が典韋を失った南陽の大城。

種別
城・都市
現在地
河南省南陽市
所属州
荊州
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

南陽郡の中心をなす大城で、中原と荊州を結ぶ要地に開けた。人口・物産ともに豊かな一大都市であり、後漢の光武帝ゆかりの地としても知られる。三国志では、曹操が張繍を攻めて手痛い敗北を喫し、猛将 典韋と長子 曹昂を失った「宛城の戦い」の舞台として名高い。

歴史

197年、曹操は南陽の宛に拠る張繍を攻めた。張繍はいったん降伏したが、曹操の振る舞いに恨みを抱いて夜襲に転じる。不意を突かれた曹操は危機に陥り、護衛の典韋が門を守って奮戦し、身を挺して主を逃がして討ち死にした。この戦いで曹操は長子 曹昂と甥 曹安民をも失い、生涯忘れ難い敗北となった。のちに張繍は改めて曹操に帰順している。219年には守将 侯音が反乱を起こすなど、宛はたびたび動乱の舞台となった。

現在

宛は現在の河南省南陽市にあたる。古くから開けた歴史都市で、医聖 張仲景をまつる医聖祠など、後漢以来の遺跡が残る。