関所
ころうかん / 虎牢関

虎牢関

反董卓連合の「三英 呂布と戦う」で名高い洛陽東方の要害。

種別
関所
現在地
河南省鄭州市滎陽市(汜水鎮一帯)
所属州
司隷
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

洛陽の東方を守る要害で、古くは成皋(せいこう)・虎牢と呼ばれた。『三国志演義』では、反董卓連合軍が董卓の猛将・呂布と激突した舞台として名高く、劉備・関羽・張飛の三兄弟が力を合わせて呂布と渡り合う「三英 呂布と戦う」の名場面で知られる。

歴史

190年、董卓の専横に対し各地の群雄が連合軍を結成して洛陽へ迫ると、董卓は要害の虎牢関に兵を出して連合軍を食い止めようとした。物語では、無双の呂布が関の前に立ちはだかって連合の諸将を次々に打ち破り、公孫瓚が危うくなったところへ張飛が躍り出て互角に渡り合う。続いて関羽、さらに劉備が加わり、三人がかりでようやく呂布を退けた。史実の上でも虎牢(成皋)は洛陽の東を扼する交通・軍事の要で、中原を制する者が必ず押さえるべき地であった。

現在

虎牢関は現在の河南省鄭州市滎陽市の汜水鎮一帯に比定される。西に洛陽を控える黄河南岸の要衝で、演義で華雄戦の舞台とされる汜水関も、実はこの同じ成皋の関を指している。