城・都市
じょうよう / 襄陽

襄陽

劉表が本拠とした荊州の要衝。関羽の樊城攻めの対岸。

種別
城・都市
現在地
湖北省襄陽市
所属州
荊州
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

漢水のほとりに開けた荊州の要衝で、対岸の樊城とともに南北をつなぐ交通の結節点をなした。荊州牧・劉表が治所を置いた地であり、その周辺は諸葛亮が晴耕雨読した隆中にも近い。堅城として知られ、のちの世まで幾度も攻防の舞台となった。

歴史

劉表は荊州を治めるにあたり襄陽を本拠とし、乱世の中で比較的平穏な一州を保った。多くの名士がその庇護を求めて集まり、荊州は学問と人材の淵となる。208年、劉表の死後に子の劉琮が曹操へ降ると、襄陽は戦わずして曹操の手に落ちた。219年、関羽が荊州から北上して漢水対岸の樊城を包囲し、大水を利して于禁の援軍を降す「水淹七軍」で威名を天下に轟かせたが、呉の背後急襲によって関羽は退き、襄陽・樊城は魏に保たれた。

現在

襄陽は現在の湖北省襄陽市にあたる。漢水を望む古城壁がよく残り、諸葛亮ゆかりの古隆中を近郊に擁する歴史都市である。