城・都市
ちんそう / 陳倉

陳倉

郝昭が諸葛亮の大軍を退けた関中西端の城。

種別
城・都市
現在地
陝西省宝鶏市
所属州
司隷
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

関中の西端に位置する城市で、散関を経て漢中方面へ抜ける陳倉道の起点にあたる要衝。228年、諸葛亮の第二次北伐に際し、魏の郝昭がわずかな兵でこの陳倉城を守り抜いたことで名高い。

歴史

陳倉は、関中から秦嶺を越えて漢中へ向かう道の関門であり、蜀魏の攻防の焦点となった。228年冬、諸葛亮は数万の軍で陳倉を包囲したが、城将 郝昭はわずか千余の兵で守りを固め、雲梯・衝車・井闌(せいらん)・地下道といった蜀軍のあらゆる攻城の手をことごとく防いだ。二十余日の攻防ののち、兵糧の尽きた諸葛亮は撤退を余儀なくされる。少数で大軍を退けた郝昭の奮戦は、守城戦の名高い一例として語り継がれた。

現在

陳倉は現在の陝西省宝鶏市にあたる。関中と漢中を結ぶ古道の起点として、その名を歴史に刻む。