城・都市
しんや / 新野

新野

劉備が三顧の礼のころ拠った城。

種別
城・都市
現在地
河南省南陽市新野県
所属州
荊州
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

南陽盆地の南、荊州の北の入口を守る城。荊州牧 劉表が、身を寄せてきた劉備を配して北の守りに当たらせた地である。劉備がこの新野を拠点としていた時期に、徐庶や諸葛亮を得て飛躍の足がかりを築いた、蜀漢揺籃の地といえる。

歴史

201年ごろ、曹操に敗れて南へ落ちた劉備は劉表に迎えられ、新野に駐屯して曹操方への備えとなった。この地で劉備は人望を集め、まず徐庶を軍師に迎え、その勧めによって隆中の諸葛亮を三顧の礼で招く。諸葛亮の献じた「天下三分の計」は、以後の劉備の進路を定めた。208年、曹操が南征を起こすと、寡兵の劉備は新野を放棄して南へ退き、長坂で追撃を受けながらも江夏へ逃れて孫権と結ぶことになる。

現在

新野は現在の河南省南陽市新野県にあたる。劉備・諸葛亮ゆかりの地として、議事台や太子閣などの伝承地が残る。