城・都市
ぶしょう / 武昌

武昌

孫権が一時都とし、皇帝に即位した地(現在の鄂州)。

種別
城・都市
現在地
湖北省鄂州市
所属州
荊州
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

長江中流の南岸に位置し、孫権が一時 呉の都とした地。もとは鄂(がく)と呼ばれた地を、孫権が「武を以て昌える」の意で武昌と改めた。魏の樊城・襄陽方面をにらむ長江防衛の要にあり、孫権はここで皇帝に即位した。

歴史

221年、劉備の東征に備えた孫権は本拠を鄂へ移し、これを武昌と改めて城を築いた。229年、孫権はこの武昌で皇帝に即位し、呉を建てる。しかし程なく都を長江下流の建業へ戻したため、武昌は上流の軍事拠点として残された。当時、建業の人々は「寧ろ建業の水を飲むとも、武昌の魚は食らわず」と歌い、都が武昌から遠ざかることを喜んだと伝わる。以後も武昌は呉の西の守りの要であり続けた。

現在

三国の武昌は現在の湖北省鄂州市にあたり、長江対岸の大都市・武漢の武昌区とは別の地である。孫権が築いた城の跡や、呉王をしのぶ史跡が残る。