城・都市
いりょう / 夷陵

夷陵

劉備が大敗した「夷陵の戦い」の名の由来の地。

種別
城・都市
現在地
湖北省宜昌市(夷陵区)
所属州
荊州
時代範囲
後漢末〜三国期

概要

長江が三峡を抜けて平野に出るあたりに位置する城で、荊州と益州を結ぶ水路の要衝。222年、劉備が呉へ攻め入って大敗した「夷陵の戦い」の名の由来となった地であり、主戦場の猇亭もこの夷陵の一帯にあった。

歴史

219年に関羽を失い荊州を奪われた劉備は、222年、自ら大軍を率いて呉へ東征し、長江沿いに夷陵・猇亭のあたりまで攻め下った。迎え撃つ呉の陸遜は守勢に徹して蜀軍の疲弊を待ち、林間に長く連なる劉備の陣を火計で焼き払って大勝する。蜀軍は総崩れとなり、劉備は白帝城へ逃れて程なく世を去った。夷陵の敗戦は、関羽の死・荊州の喪失に続く痛手となり、蜀の国力を大きく傾けた。三峡の入口 夷陵は、蜀の落日を刻む地となった。

現在

夷陵は現在の湖北省宜昌市(夷陵区)にあたる。三峡の東の入口として知られる。