三国志歴史地図

後漢末の動乱から晋の天下統一まで。正史と『三国志演義』の出来事を、合戦・人物・地名と結びつけて地図上でたどります。

掲載期間
184〜280年
合戦
25件
地名
178地点
215年
184 280
選択年の出来事

215年

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正史

1月、曹操の娘の曹氏が皇后に立てられる。3月、曹操は、張魯討伐の兵を動かす。河池まで軍を進めて竇茂を滅ぼす。西平・金城の部将たちが、韓遂を殺して曹操に降る。7月、張魯は、曹操の軍を避けて巴中へ逃げる。8月、孫権は十万の兵で合肥を包囲する。その撤退に際し、張遼の急襲を受け、孫権は危うく難を逃れる。10月、魏は、軍功を賞するため、号名爵十八級を置く。11月、張魯が曹操に降る。 孫権は劉備に荊州返還を要求する。劉備がそれを拒否すると、呂蒙、魯粛らの軍を荊州に派遣する。曹操が漢中に進出してきたことから、劉備は孫権に和を請う。孫権と劉備が荊州を二分して支配することになる。

演義

2月、劉璋、漢中の張魯の侵攻を恐れ張松を使者として曹操に赴く。張松、曹操を侮辱し百叩きの刑に処せられる。 3月、張松、すぐ帰国せずに荊州の劉備へ赴く。劉備、巴西蜀の地図を手に入れる。 5月、劉璋、重臣の反対を押し切って劉備に援軍要請を求める。王累が憤死する。劉備軍、ホウ統を中心に魏延・法正らで劉璋の暗殺を目論む。張松、劉璋を裏切った書簡が見つかり処刑され、これによって劉璋と劉備が敵対する。 6月、ホウ統、張任と交戦し落鳳破にて戦死する。更に劉備軍、張任の策で総崩れとなり敗退。諸葛亮、張飛を援軍として送り劉備を救う。李厳・呉懿・厳顔を加える。 7月、諸葛亮、名将張任を捕獲する。張任は忠義を貫き処刑される。劉璋、益州の半分を譲渡する申し出で漢中の張魯に援軍を求める。これに応じ客将馬超を援軍として劉備軍と対峙する。馬超、李恢の説得に応じ劉備の陣営に加わり、劉璋を降伏させる。劉備、蜀・益州を掌握する。 10月、曹操、漢中の張魯討伐軍を編成する。陽平関を落として張衛を討ち取る。張魯、客将ホウ徳らが曹操軍と対峙するが、ホウ徳、曹操の軍門に降る。これにより張魯は降伏し曹操は漢中を掌握。張魯、侯に封じられる。 11月、孫権、第三次合肥侵攻を行い合肥城を包囲する。合肥城主張遼、李典・楽進らで挟撃し孫権を敗退させる。曹操、漢中に夏侯淵・張儁乂らを残し、急いで許昌へ帰国。

時代の流れをつかむ

主要な歴史転換点

  1. 184年黄巾の乱 後漢末の大乱が始まり、各地の群雄が台頭する。
  2. 190年反董卓連合 董卓の専横に対し、諸侯が連合して洛陽を目指す。
  3. 200年官渡の戦い 曹操が袁紹を破り、華北統一へ大きく前進する。
  4. 208年赤壁の戦い 曹操の南征が阻まれ、三国鼎立へ向かう流れが定まる。
  5. 220年三国鼎立 後漢が滅び、魏・蜀・呉が皇帝を称する時代へ入る。
  6. 228年諸葛亮の北伐 諸葛亮が魏へ北伐を開始し、街亭が最初の大きな焦点となる。
  7. 263年蜀の滅亡 魏の大軍が蜀へ侵攻し、劉禅が降伏する。
  8. 265年晋の成立 司馬炎が魏から禅譲を受け、西晋を建国する。
  9. 280年天下統一 晋が呉を滅ぼし、三国時代が終わる。
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合戦と地名の一覧

合戦

地名