三国志歴史地図

後漢末の動乱から晋の天下統一まで。正史と『三国志演義』の出来事を、合戦・人物・地名と結びつけて地図上でたどります。

掲載期間
184〜280年
合戦
25件
地名
178地点
208年
184 280
選択年の出来事

208年

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正史

孫権は、黄祖を破ってその首を斬る。6月、三公の制度をやめ、丞相と御史大夫との官を復活し、曹操みずからが丞相となる。8月、孔融が曹操の意に逆らって死刑に処せられる。曹操は、7月に軍をおこして南征し、劉表を攻めていたが、8月、劉表が死亡すると、その息子の劉琦と劉琮とが反目し、劉琮は荊州を挙げて曹操に降る。 劉備は、荊州より逃亡し、当陽の長阪で敗北を喫しながらも、夏口にたどり着く。そこで呉の使者の魯粛と会い、呉と協力関係を結ぶ。劉備の使者として諸葛亮が柴桑におもむき、孫権と会見する。 曹操は呉に書簡を送って降服をすすめる。張昭らが曹操への帰順を主張するが、孫権は、魯粛、周瑜らの意見を用いて抗戦を決意する。 周瑜は赤壁において曹操の軍を破る。曹操は、江陵・襄陽に兵を留めて北へもどる。周瑜、程普らが、江陵を守る魏の曹仁を攻める。 12月、孫権はみずから合肥を包囲し、張昭には九江の当塗を攻撃させたが、戦果なく膠着する。

演義

6月、献帝、曹操を丞相に任命する。 7月、夏侯惇、新野の劉備を攻めるが博望波にて火計にはまり大敗退する。 8月、劉表が病死し、蔡瑁が実権を握って次男の劉琮が荊州牧となる。曹操、自ら本隊を連れ荊州征伐を行う。 9月、曹操軍先鋒の許チョ、新野を占拠。劉備軍、民を連れて江陵を目指す。張飛が長坂橋にて曹操軍を一喝する。趙雲、長坂にて阿斗を抱き一騎で、曹操軍の中央を突破する。曹純率いる虎豹騎に敗れた劉備軍、進路を変え江夏へ入城。曹操、荊州を掌握し蔡瑁・張允らを水軍都督に任命する。 10月、諸葛亮、魯粛と共に孫権を説き伏せる為、単独で呉へ向かう。周瑜・孫権らを説得し、曹操と対立することを決意する。 12月、曹操軍、赤壁にて劉備・孫権連合軍に歴史的大敗退を喫する。(赤壁の戦い)曹操、華容道から無事退却し許昌へ帰国する。周瑜、江陵の曹仁を攻めるが、劉備軍の趙雲に先手を取られ占拠される。

時代の流れをつかむ

主要な歴史転換点

  1. 184年黄巾の乱 後漢末の大乱が始まり、各地の群雄が台頭する。
  2. 190年反董卓連合 董卓の専横に対し、諸侯が連合して洛陽を目指す。
  3. 200年官渡の戦い 曹操が袁紹を破り、華北統一へ大きく前進する。
  4. 208年赤壁の戦い 曹操の南征が阻まれ、三国鼎立へ向かう流れが定まる。
  5. 220年三国鼎立 後漢が滅び、魏・蜀・呉が皇帝を称する時代へ入る。
  6. 228年諸葛亮の北伐 諸葛亮が魏へ北伐を開始し、街亭が最初の大きな焦点となる。
  7. 263年蜀の滅亡 魏の大軍が蜀へ侵攻し、劉禅が降伏する。
  8. 265年晋の成立 司馬炎が魏から禅譲を受け、西晋を建国する。
  9. 280年天下統一 晋が呉を滅ぼし、三国時代が終わる。
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合戦と地名の一覧

合戦

地名